克服した人のケース

不登校児だった人の再起

不登校や引きこもりとなった場合、社会へと出て行くにはリスクが高いと言われている。きっかけはどうあれ、学校や社会などから受けた制裁によって自分という物を損傷させられてしまい、擦り切れるまで頑張ってもどうにもならなかったがため、病気を発症するまでになったら手の付け所がない。社会人で会社勤めをしていれば、休職扱いにされればある程度の補償を受けることは出来る。時間的な限りはあるにしても、まだ学生にしてみれば幾らでも立ち直れる可能性は高いといえるが、それでも立ち直れない人もいる。

ただここがある意味学生と社会人との境界線といえるかもしれない。社会に出て仕事をしていれば、ある程度の理不尽も受け止めなければならない。例え自分に非がないといっても押し付けられることもある、それも限度はあるがそうした事はいくらでも起こりうるものだ。それに対しては然るべき対応で逆襲してしまえばいいだけですが、それが出来ない人もいる。責任を押し付けてきた相手に対して、正直遠慮など無用だと思うのだが、そう考えられない人はトコトン自分を追い込んでいってしまう物だ。

とある女性にしてもそう、学生時代に唐突なまでにいじめの対象へと格上げされてしまい、いつしかまともに学校へ登校できなくなるまで精神を病んでしまう。拒食症とうつ病を併発する重度の病気を抱えながらも、結婚をして、さらにこれからの自分ができることとして何かを成そうと司法試験を受けて弁護士になったというから、見事と言える。一度そうした立場に戻ってしまうと中々戻ってこれないものだが、そういう意味では性格的にその女性は芯から強かったと言えるだろう。

性格や個性にも左右されるが、その女性が提示する不登校や引きこもりからの回復について述べた意見について納得できる部分もあるので、少し見てみよう。

4箇条として

拒食症とうつ病、これら2つの回復となったら相当の時間を要する。身近にいた人間のケースから考えても、回復まで数年単位もの時間が掛かるためその間はまともに仕事も出来なければ、外出も叶わない。そんな状態から回復するためのコツ、というほどのものではないが、頭に入れておきたい点として挙げられるのが4箇条として取り上げる内容だ。

辛い記憶をバネにする
辛かった記憶にいつまでもしがみついていないで、それを経験として跳ね上がって行くことが大事だとその女性は述べている。これは小学生時代における劣等感をいかに好転させられるかという点に繋がる。いつ、いかなる歳になっても辛いことを引きずっていてはいつまでも立ち止まったまま、克服も出来ないし強くもなれない。過ぎたことを悔やんでもしょうがない、出来るなら前を見て歩いて行ったほうがいいというわけだ。
辛い体験を誰かに話す
自分がこれだけ辛いんだと話せる存在は重要、それを話すことで共有してくれる相手を見つけられれば綺麗に消化できるという。ただこれは社会人の例からしても、親しい友人が全くいない可能性がある。そうなった場合どうしたらいいかというと、今はインターネットなどのSNSを活用して同じ悩みを持つ人と簡単に交流することが出来る。またそうした集まりを見つけて参加して、自分と同じ悩みを抱えている人と話をするだけで、全く変わってくる。誰かに話す、やはりこれは大事なことなのかもしれない。
学校に多大な期待を持たない
不登校や引きこもり、そうした問題を学校が解決してくれると思ったら、それは大間違いだ。学校にしてもあくまで他人ごと、原因となる点を改善してくれるほど機能せず、遅れているものは真っ先においていくのが仕組みだ。所詮学校なんてそんなところ、何もしてくれないんだと思うくらいに考えていた方がいいという意見も納得できる。面倒事は抱えたくない、学校も何かとそうした問題を引きこむような児童を毛嫌いしている、そんな機雷を持つところがあってもおかしくない。
回復には時間を掛けて
この女性の場合、拒食症とうつ病を併発している。その回復は人によって大きな差をもたらす。1年程度で回復する人もいれば、数年がかりで回復の兆しがようやく見えてきたという人もいる。辛い記憶により引き起こされた病気、発症してしまったら治すにも多大な時間を要してしまう。その時間は無理に速く回復させようとしないで、ゆっくりと少しずつでもいいという。焦って治しても仕方がない、そう肯定するのは自身の体験あってこその言葉だ。

根が深くなる問題

過去に不登校と引きこもり、そして精神的病を発症させるまでに至った女性だからこその重みあるものといえる。こうした内容を踏まえて考えると、自分が抱え込んでいる悩みを誰かに相談する、というのは1つの手段だ。親友がいなければ親兄弟、それでもいなければカウンセラーに頼るというのも1つの手段だ。自分一人で抱え込んでも解決策など見いだせるはずもない、気づいて欲しいと思っても言わなければ見えないことは山ほどある。親だから、教師だから、親友だからと、アレコレ期待をするばかりではいけないのだ。

状況を改善したい、そう思っているならまず身近な誰かに最良の選択肢は何かと訪ねてみるべきだろう。未成年者2人が殺害された事件にしても、女児が行方不明だった事件にしろ、彼らはその心内を誰か周囲の大人に打ち明けてはいなかったはず。夜遊びをして仲の良い友達集団で日々途方に暮れている少年たちもまた、その心根を大人に話すこと無く鬱屈した毎日にただイライラを募らせている。

悪循環が連鎖反応のように発生しているが、これこそ現代の日本で生きる子どもたち特有の悩みであり、解決していかなければならない問題だろう。